壁
ながいながーい壁によりそって男が一人、
一日中その壁と話している。
つまらないことかもしれないけれど、真っ白なその壁のまん中で。
時には遠くから、またある時は頭をこすりつけて、
猛スピードで走る線路の下で、
男は声をぶつけている。
何度も何度も声は跳ね返り、男のもとで響きわたる。
男のえがく真っ白な壁、何処までも続く長い壁。
僕がねむけまなこの自転車で通り過ぎると、
男の声が跳ね返って来てしまうので、必死に自転車を走らせるのですが、
白い壁の向こうまで行くには、途中の坂がきつすぎていつも歩いてしまうんだ。
何度も何度も跳ね返り、その声は遠く響いていた。
白くて長いその壁は、男のせたけよりもほんの少しだけ高いだけで、
せいたかのっぽの手が届く、あんまり高くもない普通の壁で、
たまに誰かが見下ろしても、男はそこにも投げつけた。
だあれにも見えないもの、でもさわるとあったかい。
ある時男は壁をのぼり、その壁の向こうに行ってしまった。
男が何度も話しかけたその壁には、
誰もが目を奪われる夢が、えがかれていた、
長い影がいくらのびても隠しきれない程の
ながい、永い壁が残されていた。